引用: 悪役の救い手
(本文)
ジェイ「あれは・・・。」
馬車の中からこちらを覗いている小さな女の子を見て、ジェイはびっくりした。小さい頃のジェイにそっくりだったのだ。
若い頃の公爵(父)『ジェイ。頭を出していたら危ないよ。外に何か面白いものでもあるのかい?』
声をかけてもじーっと外を眺めているジェイに、不思議そうにする公爵。
若い頃の公爵(父)『しばらく止まってくれ。』
ジェイ「あっ・・・・!」
黙ってその様子を見ていたジェイは、突然痛みに襲われ、胸をぎゅっと押さえた。
小さい頃のジェイ『きれいだね。』
若い頃の公爵(父)『何を見ているの?一体何がきれいなんだい?』
小さい頃のジェイ『あの子です。とてもきれい。』
馬車の中から、自分の方を指差す様子を見て、ジェイは恐る恐る後ろを振り返った。
なんと、そこには母に手を引かれながら歩いている、幼い頃のアゼフがいたのだ。
小さい頃のアゼフ『本当にだめ?お母さん、どうしても欲しいんです。』
アゼフの母『だめよ・・・アゼフ。』
悲しそうな顔をするアゼフの手を引いて、二人はその場を去ってしまった。
小さい頃のジェイ『綿布団が欲しいそうです。』
若い頃の公爵(父)『誰が言ったんだい?』
小さい頃のジェイ『あの子です。あの子が布団を欲しがっていました。お父さん、私のものをあげてはだめですか?あの子にあげたいです。』
きらきらした顔で公爵にお願いするが、公爵は訳が分からないという顔で首をかしげた。
その時、もう一度アゼフがいた方に目を向けた小さい頃のジェイと、一連の様子を呆然と眺めていたジェイの目が合ってしまった。お互い何も言わずに見つめあう。
ジェイ「違う・・・これは私の・・・いや、一体誰の記憶なんだろう?」
先ほど痛くなった胸を、ぎゅっと押さえた。
その時、地面にひびが入り、ジェイは真っ暗闇に真っ逆さまに落ちていった。
記憶が入り乱れ、思い出だと信じたものが、落ち葉のように散っていった。
(私の名前・・・家族、愛する人たち・・・何も覚えていない。)
(私は・・・誰?)
―――・・・
そこでハッと目を覚ましたジェイ。
ジェイ「夢・・・?」
突然、夢の中で感じたような胸の痛みを感じたジェイは、隣で寝ているエリサの腕を必死でつかんだ。
エリサ「うん・・・お姉ちゃん、どうしたの?どれだけ寝てたんだろう。うっかり寝ちゃったみたい・・・お姉ちゃん!?どうしたの?どこか痛いの?」
ジェイ「エ・・・リサ。」
様子がおかしいジェイに気付いたエリサは、必死に呼びかける。
エリサ「お姉ちゃん!しっかりして、お姉ちゃん!」
エリサを掴んでいた腕がベッドの上に落ち、ジェイはぐったりと意識を失ってしまった。
エリサ「えっと、どうしよう!お医者様を呼んでくるよ。少しだけ・・・少しだけ我慢して!わかった?」
走ってお医者様を呼びに行くエリサ。
苦しむジェイの周りを、緑色の光が輝き出した。いつの間にか真っ白な世界に包み込まれ、そこを歩き出したジェイ。
(慣れ親しんだ記憶の流れが、私に流れ始めた。それは、壮絶だった運命の始まり。)
(ねじれた時間の顛末だった。)