引用: 悪役の救い手
(本文)
アゼフ『あまり怖がらないでください。乗馬で一番需要なのは勇気と信念です。主人が怖がると、馬にもそれが伝染します。』
(うん、できる!)
アゼフが言っていた言葉を思い出し、一人でハードルを飛び越えることに成功したジェイ。
(無事に乗り越えた。よし!私が・・・私がやったんだ・・・!)
苦手としていた乗馬を、一人でこなすことができて気持ちが高揚するジェイ。
アゼフ「ジェイ!こっちです!」
ジェイ「アゼフ!」
こちらに向かって緑色の旗を振り、ジェイの後ろに飛び乗ったアゼフ。
アゼフ「よくできました。とても素敵でした。あとは私に任せてください。ハイヤッ!」
(ついにゴール地点・・・あとちょっと。だめだ・・・私たちが勝ったら・・・。)
もともと、小説の中のコーディスの乗馬競技で優勝したのは彼らだった。
優勝者には皇帝に謁見する機会が与えられるが、辺境に追い出されたアルセストの帰還が実現できたのも、結局、彼らが優勝の恩恵を名分にして、皇帝に皇子の帰還を訴えたからだ。彼らの勝利を確信し、既にここに来ている皇子は、皇道に着いた瞬間、反逆者になってしまうだろう。
(アルセストはエリサの運命の伴侶・・・。もし彼らが勝たなければ二人が会う機会が永遠に消えてしまう。いったい私はどうすればいいの・・・?)
アゼフたちが一番にゴールし、頭を抱えているシスライン兄妹を見て、思い悩むジェイ。
アゼフ「ジェイ!よくできました。全部ジェイのおかげです。実は、私は今回必ず優勝したかったんですよ。皇帝に謁見する時、申し上げたいことがあったんです。」
(嘘だ。小説の中でエリサと出場したあなたは優勝に関心さえなかった。私は彼を助けた助力者に過ぎず、優勝の栄光は彼のもの・・・皇帝に謁見できるのも私ではなく、アゼフだ・・・。)
小説の内容を捻じ曲げてしまうことの罪悪感で表情を暗くするジェイ。
アゼフ「浮かない表情ですね。優勝が嬉しくないんですか?それとも・・・私に言いたいことがありますか?」
(私が・・・全てを台無しにしてしまった。アルセストが死んだらエリサは一生紋章痛に苦しめられながら暮らすことになる。あなたなら・・・私を助けてくれないかな。)
ジェイ「アゼフ、実は・・・。」
小説を、未来を知っていることを、アゼフに話してしまうことを決めたジェイが、口を開きかけた時。
司会「優勝者のランデル卿は、こちらへいらしてください!」
優勝の褒美、皇帝への謁見のため、アゼフが呼ばれてしまった。
アゼフ「ごめんなさい、すぐ行ってきます。帰ってきてから続きを話しましょう。」
ジェイ「あっ・・・。」
(やっぱり私が収拾しなければ。どうしよう。どうすればいいんだろう?)
公爵(父)「ジェイ。どうしたんだ?顔色がよくないね。」
ジェイが必死に考えていると、父がこちらに向かってきた。
ジェイ「お父さん!今すぐ皇道に人を送らなければなりません!」
公爵(父)「それは何の話だ?いきなり皇道に人を送るなんて・・・。」
戸惑う父に、ジェイは焦りながら伝えるが。
ジェイ「理由は後で申し上げます。今すぐ人を送って・・・」
公爵(父)「ジェイ・・・私があげたネックレスは結局しなかったのか。」
ジェイの言葉に被せるようにして、父は責めるように言った。
ジェイ「あ・・・それは・・・。」
公爵(父)「私のアドバイスは聞かないで、結局ランデル卿のパートナーとしてコーディスに参加したんだろう?」
その父の言葉に、何も言えなくなり、ジェイはうつむくことしかできなかった。
―――・・・
皇帝「では、言ってみよ。今日、私は君の勇敢さと誠実さを称えるため、どんな願いも快く聞いてあげよう。」
アゼフ「それでは、大変恐れ多く、恥知らずではありますが、一つお願い申し上げます。陛下。どうかアルセスト皇子を皇室にお呼びください。」
他の貴族たちがざわつく中、アゼフは凛とした態度でそう言い放ったのである。