引用: 悪役の救い手
(本文)
アゼフ「ジェイ、今日もとても美しいですね。」
にこやかに言うアゼフの後ろにいるティロシュが、震えていることに気が付くジェイ。
ジェイ「ティ・・・ティロシュさん?」
アゼフ「この方はどこかがすごく痛いみたいです。しきりに変なことをおっしゃいます。」
何も言えずに震え続けるティロシュ。
ジェイ「どうしましたか?顔色がよくないみたいですが、お医者様を呼びましょうか?」
アゼフをちらりと隠し見たティロシュは、その冷酷な笑みにさらに顔色を悪くする。
ティロシュ「あ・・・いえ、私は大丈夫です。」
アゼフ「ティロシュ嬢?本当に大丈夫ですか?どこか不便なら私たちの侍女を呼びましょうか?」
気遣うフリをするアゼフに、真っ青な顔をするティロシュは急ぐようにその場を去った。
ティロシュ「大丈夫です、私はもう行かないといけないので失礼します。」
その後ろ姿を見ながらジェイはティロシュを心配そうに見つめた。
ジェイ「送った方がいいのでしょうが、大丈夫でしょうか。」
アゼフ「一人で来たわけでもないでしょうし、大丈夫だと思います。それよりジェイ、早くこっちに来てください。」
ティロシュが気になりつつも、アゼフに手を引かれ、馬車に向かう。
ジェイ「あ、シア。後ろの馬車に乗ってついてきてくれる?」
シア「はい、お嬢様。」
―――馬車の中
アゼフ「やっと・・・あなたと二人きりになれました。あなたに会えなかった二日間悪夢にうなされて、一睡もできませんでした。とても疲れました。」
アゼフは甘えるようにジェイの肩に寄りかかった。
ジェイ「競技に参加しなければなりませんが・・・大丈夫ですか?着くまで寝ててください。到着するまでかなり時間がかかるでしょうから。怪我した肩はもう大丈夫ですか?」
アゼフ「はい、治りました。しかし浄化も兼ねて気分転換が必要です。やってくれますか?」
ジェイの手にそっと自分の手を重ねながら、ジェイの目を見つめるアゼフ。
ジェイ「浄化ですか?それはどうやるんですか?」
すると、付けていた手袋を外し、ジェイの首に手をかけようとするアゼフ。
ジェイ「なん・・・どうしたんですか?アゼフ、ふざけないでください。」
アゼフ「冗談?僕が?間違えてますよ、ふざけてるんじゃなくて、あなたを誘惑してるのです、ジェイ・・・。」
ジェイ「・・・そんなことしないでください。」
アゼフ「僕が何をしましたか?まだ何もしていません。」
ジェイ「でも、あまりにも急で・・・。」
壁際に追いつめられたジェイは思わず赤くなり、うつむいた。
そんなジェイを許さないかのように、顎を掴み、上を向かせるアゼフ。
アゼフ「避けないで、私を見てください。その唇に触れたい・・・いいですか?」
ジェイは真っ赤になりながらアゼフから目を背ける。
アゼフ「したいのに、してはいけないのですか?」
ジェイ「そんな風に言わないでください。」
追いつめられ、またうつむいてしまったジェイを見て、アゼフは少し悲しそうな表情をした。
アゼフ「だめ?」
ジェイ「まだ少し、怖くて・・・怖いんです。」
アゼフ「分かった。ジェイが嫌なら、やらない。」
アゼフはそう言って、安心させるようにジェイの頭を撫でながら、離れていく。
ジェイはほっと息を吐いた。その時。
ジェイ「!?!?!」
声にならない悲鳴をあげて、キスされた頬を押さえながら、ぱっとアゼフから離れる。
そんなかわいい反応を見て、思わずジェイを抱きしめるアゼフ。
満足そうにジェイの肩にあごを乗せながら呟く。
アゼフ「はあ~、生き返った。今朝は最悪でした。」
ジェイ「・・・なぜですか?何かよくない事があったんですか?」
アゼフ「分からない。ずっとイライラしておかしくなりそうだったのに。あなたといるとよくなりました。」
(嫌な記憶すべてが私の錯覚かのようだ。僕は君が本当に好きみたいだ。ジェイ・・・。)
ジェイはアゼフの腕の中で顔を赤くし、されるがまま、馬車は進んでいった。