引用: 悪役の救い手
(本文)
ジェイ「お、お父さん・・・。」
公爵(父)「あまり名残惜しく聞かないでくれ。ランデル侯爵が、強靭で能力のある人だということは、私もよく知っている。彼が君の伴侶に物足りないは思わない。でも・・・結局傷付くのはランデル侯爵だ。彼の為にも、これ以上心を許すのはやめなければならないんじゃないか。」
諭すように言う父に、ジェイはうつむく。
ジェイ「お父さん、紋章が消えた人がいるという話は聞いていませんか?」
公爵(父)「君の気持はわかるが、そんなことはあり得ない。紋章は完全なものだ。いくら切なくて辛くても、一時の感情に過ぎない。過ぎてみれば些細な事も、忘れていくだろう。」
ジェイ「でも・・・。」
(紋章が薄くなってきているという話はしないほうがいい。お父さんは心配性だから。しかも、噂が大きくなると、アゼフの耳にまで入るかもしれないし・・・。)
事を荒立てないように、多少の罪悪感はあるが、紋章が薄くなってきていることは、父には言わないことにしたジェイ。
公爵(父)「ジェイよ。しばらくは待とうと思っていたが・・・これ以上は危険だということは君もよく知っているだろう?まもなく紋章痛が襲ってくるだろう。私はジェイに苦痛を受けてほしくない。二日後、コーディスが開かれたら、多くの人が首都に集まるだろう。その時に君の伴侶を探してほしい。その時までに探せなかったら・・・君が嫌だとしても、君の紋章の存在を世の中に知らせるしかない。」
ジェイ「お父さん!!」
公爵(父)「すべて君のためだ。今回は私の言う事に従ってほしい。」
泣きそうな顔で父を説得しようとするジェイに、父も切なそうな顔をして諭す。
ジェイ「でもお父さん・・・私は何ともありません。紋章痛というのは人によって時期が違うじゃないですか。どうして人の心が紋章によって決まるのですか・・・それはとても残酷なことじゃないですか・・・。私はあの人が好きです。この心が・・・この気持ちが本当なんです。」
公爵(父)「ジェイよ・・・。」
ジェイ「お父さん、どうか・・・どうか。私に時間をください。私はまだ心の準備ができていません・・・。」
公爵(父)「分かった。この話はまた今度にしよう。外は肌寒いから、もう中に入ろう。」
耐えていた気持ちが溢れ、泣きながら訴えるジェイに、父が折れ、慰めるようにジェイの肩を抱きながら、家に向かった。
―――・・・
(最初に私が読んだ、『神の紋章』にはエルジョイ・ティアセという人物はいなかった。私が合っているのかな・・・。)
自室の机に向かい、物語の内容を思い出していたジェイ。
あの夜・・・
若い頃の父が、アゼフの家を焼き払っている。そこから小さい頃のアゼフが走って逃げていった。父は撤退が先だと、追うのをやめた。
(お父さんはどうしてこんな残酷なことをしたんだろう・・・?その時逃がした子供がアゼフという事実を知ったら・・・。だめだ、想像したくもない。)
(もしかして、私が見逃している部分があるのかも。もう少し慎重にならなければ。一つ一つ、その日のことを詳しく思い出してみよう。きっとほかに手掛かりがあるはずだわ。)
その時、コンコンという音がして、思考は止まった。
ジェイ「大丈夫だから、入ってきて。」
シア「お嬢様~私だと分かったんですか?」
ジェイ「リサだったらノックなんかしないはずだからね。」
シア「ふふ、確かにそうですね。まだお着替えの前ですよね?あれ、でもお嬢様。見たことない服ですね。どこで着替えたんですか。出る前は確か・・・。」
ジェイ「それが、あの・・・ちょっとね。」
おどおどと口を濁すジェイを不思議に思いながら、ドレスを脱がす手伝いをするシア。
シア「あ、そうだ。お嬢様。明日、新しい侍女が来るらしいですよ。メイは急に仕事を辞めることになったんですよ。」
ジェイ「メイが?なんで?」
シア「もっといい仕事にありつく機会があったみたいです。」
ジェイ「そう、よかったね。挨拶ができなかったのは残念だけど・・・。」
シア「メイも、お嬢様にお目にかかれず去ったことを申し訳なく思っていました。」
ジェイ「しょうがないわ。あ!シア、あとは私がやるから。シアも早く休んでね。」
シア「そうですか?お嬢様。では失礼します。よい夜をお過ごしください。」
シアがいなくなり部屋が静寂に包まれた。姿見の前に立ち、さっきとは打って変わって暗い顔をするジェイ。そして消えそうなほど小さな声で呟いた。
ジェイ「なくなって。どうか・・・私の体から出て行って。」
―――・・・
ジェイ『ごめんなさい、アゼフ・・・。あなたにもいい人が現れるでしょう。でも私は違います。私はあなたを愛してはいません。』
そこでハッと、大量の汗をかきながら、アゼフは夢から覚めた。